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入院している母を父に託し、
私は再び東京へ戻り、仕事を再開しました。
当たり前のことですが、
人は働かなければ生きていけない。
どんなに辛い状況でも現実は変わりません。
「日常を捨てる」という選択肢も頭によぎりましたが、
私は誰かに従って生きたいとは思いません。
いつだって自分らしく!
幸い、どれだけ辛いことがあっても
ご飯はもりもり食べられるし爆睡できるタイプでして。笑
…とはいえ、
流石に、急性期の約2週間は
ずっと心が落ち着きませんでした。
仕事中もいつ父から電話が来るか分からない。
常にどこかで
「最悪の状況」を心して過ごしていました。
画面越しの母
そんな中で、時間を見つけては
何度も母とビデオ通話をしました。
限られた面会時間の中で父がつないでくれた電話で。
気管切開をしたことで、
口や鼻の管が外れて少しずつ言葉を話し始めるようになり、
その様子を見た私は大興奮。
声はかすれていて
一言一言ゆっくりでしたが、
「が ん ば る」
「が ん ば れ」
私が何かを始めるとき、
いつも母がかけてくれていた言葉でした。
そして、寝る前に父から送られてきた母の写真や動画を見る。
新しいルーティンが出来ました。笑
リハビリが始まる

東京に戻って1週間ほど経った頃、
母は寝たきりの状態から、リハビリを始めました。
はじめはベッドの上で
字を書いてみたり、ぬり絵をしてみたり。
次の日は、
ベットから体を起こして、車椅子へ移動する。
それができたら、リハビリの人に支えられながら
座る→立つ→座る
その繰り返し。
「すげえ!」
動画越しでも伝わる進歩に
驚きの毎日で。
もちろん相当体力を消耗しているはずで、
辛そうにしている事もしばしばありました。
それでも、
あの時「助からない」と言われた人が
今こうやって必死に動こうとしている。
人間の底力を垣間見た瞬間でした。
脳卒中は、急性期からのリハビリが大事だそうです。
寝たきりの状態が続くと、
血栓のリスクや褥瘡(床ずれ)が起きやすく、
回復にも差が出る。
そのため、早い段階から本人に説明し
同意を得たうえで理学療法士さんや作業療法士さんと一緒に
リハビリを開始していく。
少しずつ前を向いて歩んでいく母に
私も励まされました。
そして、リハビリを繰り返すこと約2週間。
何事もなく、
無事に急性期を抜けていました。
北へ帰る
前を走る明日を追い越すような気持ちで、
無我夢中で走り抜けた日々。
倒れた日からずっと振り返ることもなく、
ここまで来ました。
よくやってきたと、
全員を褒めたいです。
気が付けば、年末。
あの時は想像もできなかったけど、
私たちは一歩ずつ、前に進んでいると思います。
今年も、家族で過ごす正月がやってくる。
場所はいつもとは少し違うけれど。
それでもちゃんと繋がっている。
少しの不安と、
それ以上の楽しみを抱えてー
私は、大好きな地元へ
今年も帰ります。


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