▼前回の記事はこちら
主治医に深く頭を下げ、
私たちは部屋を後にしました。
長かった一日も、もうすぐ終わる。
気が付くと外はすっかり夜になっていました。
空がいつもよりいやに暗く感じて、
少し怖かったのを覚えています。
私は待合室で帰り支度を始めていました。
そのとき、
先ほど看護師さんについていった父が
戻ってきました。
「ICUの中で顔見て行っていいって」
「先生が、面会の許可くれたよ」
「えっ?」
さっきあんな状態で運ばれていった母。
てっきり、今日はもう会えないと思っていました。
手術直後、
一瞬だけ通り過ぎたときに見えた、
胸が上下している母の姿。
それだけで十分でしたが、
こうして面会できることで
朝から伝えたかったことを伝えられる。
嬉しいような、
少し怖いような。
そんな気持ちでした。
とはいえ術後間もないということもあり、
面会できるのは2人だけ。
「行ってらっしゃい」
おばちゃんの一言に背中を押されて、
私と父で、ICUに入りました。
廊下の一番奥にある
隔離された空間。
ドラマでしか見たことのない光景ですから、
一歩進むごとに足がすくみました。
「麻酔はもう切れているので、
手で目を開けて、声をかけて大丈夫です」
先生は言うなり、カーテンを開けました。
「…」
涙が止まりませんでした。
目の前にいるのは、
私の母。
頭は包帯だらけでも
全身に管がつながれていても
見たことのない表情で眠っていても
紛れもなく私の母なんです。
「苦しかったよね。ごめんね」
頭に同じ言葉ばかり浮かんで、
でもとにかく必死に伝えました。
やっと3人揃ったのですから、
言いたいことは山ほどあれど
「ゆっくり休んでね」
眠っている母にそう言い残し
部屋を後にしました。
カーテンを閉める音がやけに大きく感じて、
後ろ髪を引かれるような思いでした。
そして、そのまま私たちは母のいない実家へ
久々に帰ることに。
途中でスーパーに寄って
食料を買ったけれど
食欲は全く沸いてきません。
夜勤明けで東京から来て
一睡もしていないはずなのに、
不思議と眠気もありません。
おばちゃんに家の近くまで送ってもらい、
「また明日、病院で」
そう言って解散しました。
そこから父と二人で
家までのわずかな距離を歩きました。
真っ暗で街灯も消えそうな村の中。
一日中走り回って遊んでいた
幼い頃の私が見ていた景色は
どんどん色を失っていく。
大人になるということは
それまで見ていた色々なものが小さく見えていく
というように感じます。
人も景色も。
「今日は家に帰ったらゆっくり休もう」
「今後のことは、明日以降に話そう」
嫌でも向き合わなければいけない現実でも、
今日はもう何も考えられない私たち。
そのまま何も言わず、家に入りました。



コメント