無理に前を向かなくていい。
ここでは、立ち止まっていい。

静寂の土曜の病院|母が脳卒中で倒れた日③

①あの日(出来事)

▶前回の記事はこちら
(母が倒れたと知らされ、青森へ向かうまでの記録です。)

午後12時30分。

母が倒れた知らせを聞いてから、約6時間。
ようやく、私たちは青森に到着しました。

帰ってくるのは、2025年の年末年始以来。


「あと一か月もすれば大晦日だね」
「今年も早いね。何が食べたい?」
そんな他愛ない会話を、母としていたばかりでした。

それが、少し早まって
こんな形で帰ってくることになるなんて。

本当に想像もしていませんでした。



帰省のたびに感じていたはずの
故郷の風景や空気の冷たさも、今は全く目に入ってきません。

最寄り駅を出て、急いでタクシーに乗り病院へ。


「〇〇(母の名前)の家族です!
今朝、救急で運ばれたと聞いて・・・」



病院は、想像していたよりも静かでした。
そうだ、土曜日だ。

どおりで静かなわけでした。

広いフロアに息を切らしながら緊急外来を通り、
案内された棟へ。

緊張の中、エレベーターの扉が開いた瞬間、
待合室には、
よく知っている顔が並んでいました。

おばちゃん。
おばちゃんの旦那さん。
小さい頃からお世話になってきた、おばちゃんの子供たち。

一人っ子の私にとっては、お兄ちゃんお姉ちゃんのような存在です。

そんな皆が、肩を落とし泣いている。
その光景に、胸が締め付けられました。

そして、
話を聞いて初めて知りました。
手術は午前10時から始まっており、
既に2時間以上が経っているということ。

とりあえず一つだけ。
手術が始まるまで、生きていてくれた。
それだけで、少し光を感じることができました。

待合室の椅子に座ってしばらくすると、
お兄ちゃんたちがご飯を買ってきてくれました。

味のしないご飯を口に運びながら、
皆と話しているうちに、
堰を切ったように涙が溢れてきました。


「だって、だって・・・
急にこんなことになるなんて・・・!」


ギャン泣きする私とおばちゃん。
その横で、黙々とおにぎりを食べる父。

この時、ようやく少しだけ息ができた気がしました。

その後、看護師さんから説明を受けました。

「小脳出血」と書かれた診断書。
入院予定期間。
同意欄。
今後の治療内容。

父に続いて、
私はただ無心でサインをし続けました。

こうして、
私たちは手術室の外で、
結果を待つことに。


ここから数時間。
永遠のように長く、
何もできない時間が始まったのです。

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