突然倒れた母は意識がないまま病院に運ばれた。
電車の中でその事実を知り、
私は自分でも聞いたことのない声を上げて泣きました。
▶前回の記事はこちら(その日のいろいろ①)
早朝の電車。
眠そうに目を閉じている人。
ぼんやり窓の外を見ている人。
朝日が昇りかけていて、
車内にはゆっくりとした時間が流れている。
それなのに、
その静けさを
切り裂くように泣いているのは私だけ。
分からない。
分かってあげられない。遠く離れているから。
それが、こんなにも辛くて苦しいことだなんて
思いませんでした。

そういえば、父は大丈夫だろうか・・・
私と同じ状況で、
何を考えながらこちらに向かっているのだろう。
一刻も早く、会いたい。
そしてこの直後、
親友や知り合いに、耐え切れず連絡をし始めました。
衝動的に縋るように、
自分でも止められないまま
電話をかけて、メッセージを送る。
もうどうしようもなくて、頭が割れそうで
インスタのストーリーにも
感情のままに起こったことをのせ続けました。
血迷って元カレにも連絡してしまいました。笑
(流石によくない選択をしたなと・・・笑)
今振り返ると少し笑ってしまいますが、
あの時は、誰かとつながっていないと
壊れてしまいそうでした。
不思議なことに、
連絡した人達は、すぐにみんな返事をくれました。
「信じられない」
「今すぐ抱きしめてあげたい」
「何もできなくても、しっかりご飯は食べてね」
「絶対、大丈夫」
そう言ってくれました。
「お母さんの搬送先、うちが勤めてる病院だわ。
カルテ見とくから、ケガしないでゆっくり来てね」
母の搬送先の病院に、
なんと同級生である
看護師さんがいるという偶然も重なり、
とても心強かったです。
人の温かさに救われた瞬間でした。
その後、なんとか父と合流。
けれど、ここで混乱した頭の中に一つの疑問が。
「あれ、青森までの新幹線どうやって予約するんだっけ・・・?」
改札の字が頭に入ってこない。
予約の仕方が分からないというより、
頭が全く働いていなかったのだと思います。
こうしていてもダメだ、と思い
駅員さんに泣きながら事情を説明すると、
予約から乗り換え、到着駅までの連携まで、
すべて手配して下さいました。
後日、お礼のメッセージを送りましたが、
今でも感謝してもしきれません。
ここでもまた、人の温かさに触れました。

そしてやっとのことで新幹線に乗車。
何も持たずに仕事帰りそのまま来た私と、
大きな荷物を抱えてきた父。
母のもとまで約3時間。
連結部分のデッキでただ二人、
座り込むことしかできませんでした。
「昨日まであんな元気だったのに」
「どうやって倒れたんだろうね・・・」
「俺の日ごろの行いが悪かったから、こうなってしまったのかな」
「今年の年末、3人でお肉食べに行こうねって話してたのにね・・・」
心ここにあらず、の会話を続けていると
父の携帯に病院から電話が。
医師の声は、
あまりにもはっきりとしていました。
「お母様のご病気ですが、脳出血です。
呼吸も弱まってきており、このままだと間もなく亡くなります」
「ご家族の同意を得るために連絡しました」
「手術いたしますか?」
突然突き付けられた現実に、一瞬戸惑う父。
「手術すればよくなるんですよね?」
「手術してください。お願いします」
しかし、次に医師から返ってきた言葉は
私たちが想像していたものとは全く違いました。
「いいえ!手術をしてももう無理だと思ってください」
「どういうことですか?」
父の声が、少しずつ荒くなっていくのがわかりました。
「良くても脳死状態、植物状態ということです」
「だから、本当に手術をしてよいのかこんなに強く言っているんです!」
そこで、
私が電話を代わりました。
「絶対に手術でお願いします」
理由も覚悟も
その時の私の頭にはありませんでした。
ただ、
「手術してください」
それしかなかったのです。
「分かりました」
医師の言葉を最後に、プツリと切れた電話。
あとは終着地点まで祈るのみでした。
次に電話が鳴るということが
どういう意味を持つのか。
考えなくても分かっていたので
怖くて耳をふさいでいました。
手術が始まるまで、
どうか息をしていてほしい。
それだけを頼りに
私と父は、新幹線に乗って母のもとへ向かいました。



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