無理に前を向かなくていい。
ここでは、立ち止まっていい。

取りもどすもの、崩れていくもの

①あの日(出来事)

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翌日から、
私たちは毎日病院へ通い始めました。

昨日とは打って変わって
晴天の中、面会へ。

部屋に入ると、母は目を開けていました。

私の前に面会した父からの言葉で泣いたのか、
目が真っ赤でした。

言葉は交わせなくても
通じるという事実が何よりの希望でした。

ただ、
ICUというのは集中治療室ですから
常に看護師さんが処置を施してくださっている状況です。

私はそんな光景を目にし、思わず

「これ触っても大丈夫ですかね…!?」
「死んだりしないですよね…!?」

看護師さんは
「大丈夫ですよ!むしろお母様の活力になりますよ」
そう言って笑ってくださいました。

「ねえ、今日晴れてるよ」

そう伝えると、
窓に向かって必死に視線を移そうとする母。

涙ボロボロでした。

少しずつ、動き出した母

そのまた翌日。

カーテンを開けると、
僅かに動く両手足を必死にじたばたさせる母の姿。

少しでも体を動かせているというのは、
重症の脳出血術後からしたら良い傾向なのではないか?

いや、そう思うには、まだ早いか…。

脳卒中の術後~2週間は
「急性期」と呼ばれる期間です。

  • 再出血
  • 誤嚥性肺炎などの感染症
  • 水頭症
  • 脳浮腫

ざっと挙げただけでも
死に至るリスクが沢山あります。

少しでも状態が崩れれば、命に関わる可能性がある。

そんな時期でした。

特に、母は喫煙者だったため痰の量が多く、
現時点で自発呼吸もできていないため

数分~数十分ごとに
痰を吸引してもらう必要があります。

喉からごろごろとした痰の絡む音が鳴るたびに
ナースコールを押してしまいました。

面会を終え、家に帰っても
いつ病院から連絡が来るかとビクビク。

しばらくは電話の着信音が鳴るたびに、
私たちの間には緊張感が走る日々でした。

現実が押し寄せてくる

そんな中で、もうひとつ、
私達に現実が押し寄せてきていました。

これからの生活問題です。

  • いつまで入院するの?
  • どんな手続きが待っているの?
  • それはどのくらい費用が発生するの?
  • 今後、私たちはどうなるの?

母が倒れてから1週間。
この先にどんなことが待っているのか
不安でたまりませんでした。

とにかく誰かに聞かなきゃ。
もやもやを解消したい。

そう思い、私は看護師さんに声を掛けました。

「あの、今後のことって、誰に相談すればいいんでしょうか…」

すると、

「来週、ソーシャルワーカーさんがいらっしゃるので
その時に一緒に整理していきましょうか」

そう言ってくださいました。

ソーシャルワーカー。
聞き覚えのある言葉ですが、
具体的には分からず。

ただ、その言葉に、
張りつめていた気持ちが少しだけ緩んだのを覚えています。

けれど。

病院を出て家に帰ると、
また別の現実が待っていました。


母がいないと回らない生活。


青森の実家では、
家計の管理をすべて母が行っていました。

光熱費や支払い関連、通帳やカード。
どこに何があるのか、
父も私も、ほとんど把握していなかったんです。

私は19歳の時点で実家を出ているため、
「その辺は父も流石に把握しているだろう」
そう思っていました。

でも蓋を開けてみるとこの状態。

「お父さん。こういうの私得意だから私がやる。
でも、今後はお父さんもしっかり気持ちをもって管理する立場にならないといけないね。
一緒に頑張ろう」

私は、分からないことが一つでもあると
全て調べ尽くしてスッキリした状態まで持って行かないと
気が済まない性格です。笑

良くも悪くも、先回りして行動してしまいます。

「よし!」

母の財布や引き出しを開けて、
一つ一つ確認していきました。

病院では、少しずつ回復していく母がいて。
家に帰れば、崩れていく現実がある。

そのどちらも
同時に進んでいく日々です。

それでも、次の日になれば
また私たちは病院へ向かいます。

母の手を握ると。
驚くほど強い力で握り返してくるんです。

その力に、

「何があっても挫けない」

そう思わせてもらっていました。

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